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名古屋高等裁判所 昭和56年(う)128号 判決

被告人 菊田音松

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中三〇日を原判決の本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人名義及び弁護人伊藤誠一名義の各控訴趣意書に記載されているとおりであるから、ここにこれらを引用する。

被告人の所論の要旨は、原判決別紙犯罪事実一覧表記載の前後一一回にわたる本件犯行はすべて自首にかかるものであるのに、自首減軽を認めなかつた原判決には、自首に関する刑法四二条一項の解釈適用を誤つた違法がある旨指摘するなどして自首減軽を主張し、併せてその量刑不当をいうものであり、弁護人の所論の要旨は、本件一一回にわたる犯行は常習一罪であるから、前記一覧表番号8の窃盗行為(昭和五五年一〇月七日、三重県四日市市海山道町一丁目六二番地の二飲食業いなり屋こと稲垣一男方において同人所有の現金約二〇〇〇円ほか一点を窃取した事案)について被告人が自首したことは、とりもなおさず本件犯行について自首したことになり、その自首に至つた動機など被告人に有利な諸事情を斟酌すれば、本件について自首減軽を施すのが相当であるのに、右措置にでなかつた原判決の量刑は重過ぎて不当である、というものであるから、ここに一括して判断する。

記録及び原判決書を調査して検討すると、本件は、被告人が常習として、原判決別紙犯罪事実一覧表記載のとおり、昭和五五年七月二九日ころから同年一一月一二日ころまでの間、前後一一回にわたり他人の金品を窃取したという常習累犯窃盗罪の案件であつて、原判決が、本件について自首に関する刑法四二条一項を適用していないことは各所論指摘のとおりであり、そして、弁護人所論の同表番号8の窃盗行為を内容とする常習累犯窃盗罪に関する限り、被告人は該当事案がいまだ官に発覚する前にこれを申告して自首したものであると認められるけれども、右事案を被疑事実又は公訴事実とする逮捕・勾留中に、被告人が、担当捜査官の取調べに応じてなした同表のその余の窃取行為についての各自供が必ずしもすべて刑法四二条一項にいわゆる自首にあたるものでないことは記録上明らかであるから、結局本件常習累犯窃盗罪について被告人が、「罪ヲ犯シ未タ官ニ発覚セサル前自首シタル者」に該当しないと判断するのが相当である。したがつて、原判決が被告人の本件犯行について自首減軽をしなかつたことは正当であつて、そこには、なんら被告人所論のごとき自首に関する法令の解釈適用の誤りはなく、本件犯行が自首にかかるものであることを前提として、自首減軽がなさるべき旨主張する各所論は、その前提において失当である。しかして、証拠に現れた被告人の性行、経歴、前科をはじめ、本件犯行の動機、回数、手口等諸般の事情を総合考察すると、各所論のうち、被告人自ら捜査機関に出頭して本件の一部の事実を申告するとともに、その余の事実についても取調べに応じて素直に自供したことなど、肯認し得る被告人に有利な一切の事情を十分に斟酌考量しても、原判決の量刑(懲役三年一〇月)はこれを相当として是認せざるを得ず、右量刑が各所論のごとく重きに過ぎて不当であるとは認みられない。論旨はすべて理由がない。

よつて、本件控訴は、その理由がないから、刑事訴訟法三九六条に則り、これを棄却し、刑法二一条に従い、当審における未決勾留日数中三〇日を原判決の本刑に算入し、なお、当審における訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用し、これを被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 海老原震一 服部正明 土川孝二)

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